小三宅自治組合

小三宅自治組合の記録

平成最後の総会

 3月10日(日)におそらく平成最後になるだろうと思われる総会が開かれた。決算承認を基本に毎年度末に行われる行事である。今回の総会は、事前に回覧板でお知らせがあったように、「丸池の埋め立て」がもっとも大きな議題であった。

 もとはと言えば、昨年度末にTさんから「丸池の岸に寄せる波のため農地が浸食されている。護岸工事ようをしてほしい。」という要望があったことだ。土木委員に要望を提出すると、「護岸工事はお金がかかるので、農地所有者にも200万か300万円を協力してほしい。」というものだった。とんでもない、ということでTさんは要望は取り下げ、別の方法を模索することになった。

 その別の方法が「丸池の埋め立て」で、これもかなり現実離れしたもので、回覧板でもその旨が記されていた。が、自治組合として市に要望を提出すること自体はさほど難しいことではないと思われていた。

 しかし、統一地方選挙の影響か何かのために、小三宅公会堂でおこなわれた桜島大根の品評会に出席していた渡辺県議や栗山市長がこの話を聞いて、玉島笠岡の自動車道のトンネル工事のための土や石を廃棄する場所にちょうどいいことを確認。事態は一転、非常に現実的なことになった。

 総会ではこの話を進めることを承認。1班だけの話にできないため、2班から3人、3班から2人の「丸池埋め立て委員」を選出することになった。

 

 今年度の1班は夏祭りもなくなったし、秋のレクレーションも荒神様の中舞に置き換えらえれた。らくちん、らくちんと思われていたけれど、最後に大きな仕事が入ったなあと、総会のあいさつで組合長さんが回顧されていたけれど、そういうもんかなあ、とも思う。結局、どの班も大変みたい。

中舞

 11月18日(日)荒神様の中舞があった。昨年からの4年間は荒神様の当番なので、荒神様のお掃除ほか年末年始の飾りつけや片づけをおこなっている。お大師様のような自治組合役員直接の仕事ではなく、別組織でおこなっている。その意味では、夏祈祷と同じで、会計なども組合費とは別になっている。

 9人ずつなので、組織的には自治組合の役員につぐ多さで、任期は4年と自治組合の内部のさまざまな組織の中で最も長い。そもそも任期が4年なのは、4年に一度のオリンピックイヤーに、「本舞」と呼ばれる「神楽」の舞があるからだ。(荒神様の本家本元になる神社にお参りしたこともあると聞いている。)今年はその本舞に至る4年の半分である2年目なので、中舞がおこなわれたというわけだ。

 午前11時に小三宅の荒神様にお参りし祝詞を上げた後、公会堂で直会(なおらい)があった。多くの人はこれが目当てで、お神酒やお赤飯をいただいたのちは、ああだこうだという訳の分からない話がはずむという次第である。地元の詳しい人の話によれば神様は人々が飲んだり騒いだりしているのを見るのが好きなのだとか。そんな話を聞けば、「神ってやっぱり人間が創ったものなんだなあ」と思わないでもない。

 荒神様の中舞や本舞があると自治組合の秋のレクレーションはなくなる。同じ時期に両方はいらないだろうということだ。この2年が終われば、当番も残り7人。次の回りに入っていく。竹原では本舞をやめたとか、大三宅ではやっていないとか、先のことを考えると、「縮小」の方向だろうとは思う。でもまあ、私たちの当番のときはこれが最後かもしれんからと華々しく「本舞」をやりたいようには思う。

 

道路愛護作業

 9月30日(日)道路愛護作業が予定通り行われた。実際には、この予定通りというところがミソで、実施するのかしないのか、みなさん、ずいぶん心配したようである。もちろん、私もそうなのだが。

 それというのも、大型で強い勢力の台風24号が接近していたからである。組合長さんも前日は台風予想とにらめっこ。最終的には土木委員と相談のうえ、夕方の段階で決行することにしたという。翌朝には暴風警報が出されていたにも関わらず、集落の放送で予定通りの実施が周知された。現実の問題として予定変更は難しかったことが想像される。 正直なところ、今年役員でなくてよかったなあ、と思った。

 実際の作業そのものは、雨も風もほとんどなく、かえって涼しくてよかったな、と思うくらいだった。前日までに、役員さんらによりある程度草刈りが行われていたので、当日はかどったのだと思う。ダンプトラックの借り入れや作業員の配置、指示などが明確だったのもよかったのだろう。鳥居を立てて解散した段階では、まだ雨は降っていなかったし、風もほとんどなかった。もっとも、携帯電話の警報や消防団の見回りはあったのではあるが。

 解散後、荒神様の役員は中舞の打ち合わせがあった。11月18日に実施が決まり、10月28日に役員会(荒神様の)があり、その日までに集金することが決まった。組合のレクは、この中舞に置き換えられる。これはこれで楽しくできたらいいなと思う。

 

 

 

 

 

西日本7月豪雨

 西日本7月豪雨の影響で、荒神様の北30mから40mくらいの道路わきで土砂崩れが起こっていた。正直、そんなところで土砂崩れが起こっていたなんて知らなかった。 7月15日の夏祈祷の際の総会にて、土地の所有者が溝の土を掘りだしてもらいたい、とかいう話が組合長からあったらしい。(私は出席していなかった。嫁から聞いた。)

 で、18日に土砂崩れの土地の所有者を調べるために、市役所を訪れた。とりあえず切り図にて、うちかHさんだということはわかった。正確には、測量をしないとわからないということだった。

 22日、しょうがないから、Hさんと相談して、私が溝から土を取り除く作業をすることにした。で、行ってみるときれいに土砂が取り除かれていた。重機を利用した大掛かりな作業のように思われた。

 夜、組合長に電話をかけると、市の方でしてくれたということだった。作業したのは唐川建設。まあ、ありがたいことではあった。自然災害による土砂崩れだから、当然と言えば当然のようにも思うが、これは感謝すべきことなのだろう。所有者を調べに市役所に行った私は何だったのだろう。そんなことも思った。

 

 

溝掃除

 5月20日(日)自治組合としては年度初にして最大の行事である、溝掃除がおこなわれた。私は草刈り機を持って参加。しかし、草刈り機の歯はまるまってしまっていた。昨年指摘を受けたHさんにまた見てもらったら、「やっぱり歯がない」。

 あれから、新しい円盤を購入して付け替えたら、すごくよく切れるようになっていた。でもそれが、また石にあたったりしてきれなくなってしまったのだろう、また歯がなくなった。1週間ほど前にどうも切れにくいなあ、と思っていたが、その実感は正しかったようだ。

 それでも、その草刈り機で参加したわけだが、北班はどうしたわけか草刈り機ばかりが集まってしまい、溝掃除部隊が足りなかったので、始めてしばらくしたらくわに持ち替えた。あのまま草刈り部隊を続けるよりは役に立ったようだ。

 作業終了後は総会、親睦会といつもの流れ(去年はしなかったけど)だった。それはそれで楽しいひと時だった。その後、家に帰ってコーヒーを飲んでいたら、Sさんから電話があり、別荘にて2次会のお誘いだった。何も持って行くものがなかったので、せこいなあとは思いつつ、コーヒーのボトルを持って行った。(ちなみにTさんはワインを何本も持ってきていた。)そこでカラオケを熱唱して、この新緑の季節の一大行事を終えた。

 

 

慰労会

 4月22日(日)平成29年度の慰労会が行われた。女性陣が買い出しに行った料理をお皿に盛ったオードブルを食べながら、くだらない話をするというただそれだけのささやかな食事会に過ぎないのだが。

 予定は3月31日だったのだが、年度末は多くの人が都合が悪いということで、延期になったものである。何日にしても参加できない人はいるので、それはそれで仕方がないのだが、まあまあ多くの人が参加できたのではないかと思う。

 話の中心はTさんやKさんの娘さんの話だったと思う。やはり、そいう話をするときは、話す人も親の表情になり、聞く人もまたほほえましい表情で話に参加する。その後は、いくらか次(平成?32年度)の組合長の話も出たが、これはこれでAさんということで落ち着きそうな気配である。

 片づけをして家に帰ってから、福祉センターでのひまわり会の発表を見に行った。Tさんが出場するということで、しっかり宣伝していたからだ。芸能人が多いという小三宅自治組合から多くの歌手が参加していた。(実際に見たのはTさんだけだが)小三宅自治組合の発展を祈念して、これにて平成29年度の役員はその役割をすべて終えたのである。

引き継ぎ

 3月4日(日)に小三宅自治組合の最後の総会があった。その親睦会にてTさんより組合長の仕事の引き継ぎをフラッシュメモリーのようなきちんとした形でやるよう指示を受けた。正直、それはいいことだと思ったのだが、フラッシュメモリーとか1000円くらいするし、自分が作ったしょうもないものが残るのはちょっとどうかなあと、口ではやりますやりす、と言いながら、実際にはまあ後でいいかと思っているうち、とうとう3月が終わりそうになってしまった。

 昨年の引継ぎは、前任の組合長であったHさんの奥さんから、うちの嫁にという形で行われたので、今年もうちの嫁が新組合長の奥さんに自分が引き継いだものをお渡しした。その中では以前、Kさんが制作していた「組合長要綱」を、私が更新、拡充して「組合長マニュアル」として引き継いだものもある。これは紙の形だったので、Tさんは気に入らなかったようだ。Tさんは毎年更新するものとして、H23年度の組合活動を記録しCDを制作したけれど、このCDはフォーマットとして利用はされるものの、一部を除いて更新はされていない。

 だから、毎年更新できるよう、その年度で新規作成したり、いじったりしたデータは年度でまとめて、このフラッシュメモリーに残すようにして、次年度の組合長はより楽に仕事ができるようにしようというわけだ。現在の場合、組合長は毎年違う人がやっているし、地元で仕事をしている人とは限らない。いや、多くはサラリーマンなどで遠くに通勤して働いている。次の人が困らないように、少しでも前例としての記録を残していくことで支えていく。自身もそういう気持ちを伝えることができれば、と思う。

 新年度の組合長であるYさんは、2回目になる。私はもちろん初めてだったので、前任の組合長に質問ばかりしていたが、Yさんはその必要はないだろう。年齢的にも社会的立場的にも、私に尋ねられたりはしないだろう。だからこそ、Tさんはこういった引き継ぎをきちんとしてほしいと思ったのだろう。YさんとTさんの仲にちょっとうらやましいと感じてもよいものがあるように思う。